はじめに

「宿泊施設の掲載数を倍にしてください」


あなたなら、このミッションにどう挑みますか?

この目標に対して、常識では考えられないアプローチで成果を出したのが、
私が参加したワークショップの講師、エリン・ウィーゲルさんです。

エリンさんは、UXデザインとリサーチの分野で15年以上の経験を持つエキスパート。
DeliverooやBooking.comといったグローバルテック企業でプロダクトデザイナーとして活躍し、
数々の複雑なデザイン課題を解決してきました。

この問いは、彼女がBooking.com在籍時に実際に直面したチャレンジでした。

コンバージョンデザインについて

その答えをお伝えする前に、エリンさんの思考の核となっている
「コンバージョンデザイン(Conversion Design)」という考え方について、少しだけご紹介させてください。
(※答えだけ知りたい方は、このまま最後までスクロールしていただければ大丈夫です)

コンバージョンデザインとは、
デザイン(人間中心の問題解決)、科学(科学的手法)、ビジネス(価値創造とステークホルダーへの価値提供)の3つを組み合わせたプロセスです。

この考え方の目標は、
「どのような変化が必要なのか」
「その変化によって恩恵を受ける人・受けない人は誰なのか」
を正しく理解した上で、企業が顧客に価値を届ける流れ=バリューサイクル(下図参照)をより良くしていくことにあります。

バリューサイクル

(参照:『Design for Impact』)

そしてもう一つの重要な目的は、
その変化が本当に意図した成果に結びつくのかを確実にすることです。

このプロセスは、以下の7つの相互に関連するステップから成り立っています(下図参照)

コンバージョンデザインプロセス

(参照:『Design for Impact』)

1. 理解する(Understand)

顧客の課題を、ビジネス目標の視点から深く理解し、インサイトを得ます。

2. 仮説を立てる(Hypothesize)

得られたインサイトを、テスト可能なアイデアに変換します。 ここでは、実験によって答えを導けるような問いを設定し、科学的手法(構造化された思考プロセス)を使って仮説を立てます。

3.優先順位を付ける(Prioritize)

仮説の中から、どれが顧客にとって価値があり、ビジネスに最も大きな影響を与えるかを見極めます。 短期的な効果と長期的なビジネス目標を天秤にかけながら、実行順を戦略的に決めていきます。

4.実験を作る(Create)

選んだ仮説を、具体的なテスト可能なコンセプトに落とし込みます。

5.テストする(Test)

A/Bテストなどの手法を使って検証し、信頼できるデータ(エビデンス)を集めます。

6.分析する(Analyze)

集めたデータを分析し、「仮説は正しかったのか?」を見極め、そこから学びを得ます。

7.決定する(Decide)

学びに基づき、最適な意思決定を行います。

そして、このようにして得られた知見や価値は、再びバリューサイクルへと還元され、 次の改善へとつながっていきます。

つまり、コンバージョンデザインは一度きりの施策ではなく、価値を生み出し続けるループなのです。

ワークショップに参加して

ワークショップの中で紹介された、ジャレッド・スプールさんの「デザインとは意図を表現すること」という言葉が、今でも心に残っています。

正直なところ、これまで「デザイン」という言葉に対して、どこか“魔法”のようなもの——
つまり、デザイナーの個人的なセンスや感性に任せられたもの、というイメージを持っていました。

しかし、エリンさんの話を聞き、さらに参加者の多くを占めていた現役デザイナーの皆さんの意見に触れる中で、
「感性があること」はもちろん、それを実現するためのロジックや手法がきちんとあるということに気づかされました。

コンバージョンの語源は「変えること」。
つまり、デザインを通じてユーザーの行動を意図的に変えること。そのために、観察し、考え、試して、学び続ける——。
今回のワークショップを通じて、そんなひたむきな姿勢を持つデザイナーたちの在り方に、深く心を動かされました。

エリンさんが選んだ「変化の起こし方」

最後に、エリンさんが実際にとった行動をご紹介します。

彼女が選んだのは、なんと「家を買う」というアクションでした。

観光地の近くで実際に家を購入し、自らBooking.comに宿泊施設のオーナーとして登録。
さらに、競合であるAirbnbなどのサービスにもホストとして登録し、
それぞれの審査プロセスを比較・分析しました。

オーナー申請から登録完了までのプロセスをすべて記録し、
スクリーンショットを撮りながら、Figmaなどのツールを使ってユーザーストーリーを作成。

その中で、他のサービスではできているのにBooking.comではできていないこと、
ユーザー(=エリンさん自身)が不快に感じた体験などを洗い出し、
改善ポイントとして社内に持ち帰りました。

そしてそれが、ユーザー視点に立った具体的な改善提案となり、
最終的にサービス全体の品質向上へとつながっていったのです。

おわりに

UX DAYS TOKYO 2025の感想…と言いつつ、気づけばほとんどエリンさんの紹介がメインになってしまいました。
それほどまでに、彼女のデザインに対する情熱が強く、私自身も大きな刺激を受けました。

……と、ここまで書いてきて、最後の最後に UX DAYS TOKYO そのものについての紹介をすっかり忘れていたことに気が付きました。失礼いたしました。

UX DAYS TOKYO は、国内外の第一線で活躍するUXデザイナーやリサーチャーが集い、最前線の知見や実践を学べる日本最大級のUXカンファレンスです。講演やワークショップを通して、UXにまつわる多様な考え方や手法に触れることができます。2025年は「持続的に成長する組織へ」をテーマに開催されました。

参加のきっかけは、実は弊社がスポンサー(シルバー)を務めたことです。初日のカンファレンス、2日目のワークショップなど、どれも実り多く、控えめに言っても最高のイベントだと感じました。講演を聴いたり、他の参加者と交流する中で、デザイナーたちの思考の本質に、ほんの一端でも触れることができたように思います。

このような貴重な学びの場を提供してくださった運営の皆さま、そして参加の機会をくださったアットウェアの先輩方に、心より感謝いたします。

本当に、ありがとうございました。

参考